館長室から (澤田均元館長)

静岡大学附属図書館長 澤田 均
澤田 均
(巻頭言) 水辺の生き物
「静岡県大学図書館協議会会報」No.22 (2021. 3)

 一昨年の本協議会総会は7月30日に順天堂大学三島キャンパスで開催しました。皆さんとのフリートークを楽しみ、有意義な1日を過ごしました。充実した電子リソースのラインナップ、素晴らしい教育設備、とりわけ印象的だったのは実習室の赤ちゃん人形。静謐な部屋に全部で22体くらい。ちょっと怖くなりました。帰りしなに近所の菰池公園で水遊びする少年たちを見かけました。さすが清らかな水の都、駅からほど近い場所に湧水公園があるのですね。思いがけず懐かしい水辺の光景に出会えました。
 実は三島には心惹かれる場所が2つあります。1つ目は駅そばの楽寿園。どうぶつ広場に南米原産のネズミの仲間、カピバラやマーラ、デグーがいるのです。とりわけカピバラ。ムーミン似の丸いフォルムと穏やかでのんびりしたところが大好きです。今回は時間がとれませんでしたが、またの出会いを楽しみにしましょう。ところで、カピバラも水辺の生き物、手足に水かきがあり、泳ぎが得意です。その生態は『Capybara: Biology, Use and Conservation of an Exceptional Neotropical Species』(2013年)に詳しいですが、最大の特徴は何と言っても大きな体。体重60 kg、齧歯類の中で最大です。300万年前には1,000 kgというクロサイ並みの齧歯類がいたそうですが、カピバラも十分大型です。しかも、大きな体のリスクを防ぐために独自のがん免疫システムを進化させてきたようです。
 2つ目の惹かれる場所は、谷田にある国立遺伝学研究所。若い頃、私の中で三島といえば、国立遺伝学研究所でした。当時、森島啓子先生がイネの栽培化や野生イネについて研究されており、多くのことを学びました。その1つがオリザ・グルメパチュラ。この野生イネが暮らすのは南米アマゾンのヴァルゼアと呼ばれる氾濫原で、水深が1年間に10 m以上も増減するところです。9月頃、減水して地表面が現れると一斉に発芽し、その後、増水とともに茎が伸び、やがて開花します。面白いことに、茎が水中で折れて上部だけ水面に浮かび、浮草となって開花・結実し続けるのです。浮草はしばしば寄り集まり、浮島と化します。氾濫原の水位変動に適応したユニークな生活ぶりです。
 さらに面白いのは魚との関係です。水中には雑食性のコロソマ(現地名タンバッキー)をはじめ多くの魚がいます。森島先生によると、水面からジャンプして穂に食いつくものや、水中の茎に体当りして穂をゆすり、落ちてくる種子を食べるものがいるそうです。先生はまた、現地の人が魚やカメの内臓を捨てた場所に野生イネが生えているのを見つけました。その近くは魚が少なく、ずっと下流で捕れたものとのこと。食われた種子が魚の体内で生きているのです。そのまま糞とともに排泄されると、魚が種子散布したことになります。どのくらい散布するか、分かりませんが、アマゾン川では魚が多くの植物の種子を散布することが知られています。コロソマの追跡調査によると、推定距離で最大5.4 kmも散布するそうです。
 アマゾン川流域にはカピバラが生息していますが、彼らも種子散布するのでしょうか。カピバラの主食は水中や水辺に生えるイネ科植物、種子散布については不明です。食糞の習性があるので、可能性は低いかもしれません。彼の地では森林伐採が進み、放牧地や畑地に転換されています。カピバラも暮らしにくいと思ったら、そうでもないようです。放牧地は餌場となり、森林消失で捕食者が減少するので、むしろ増加することがあるそうです。環境変化に柔軟に適応し、たくましく生きているのですね。イネやトウモロコシなど農作物も食害し、場所によっては害獣と見なされています。
 三島の小さな湧水公園からアマゾン川へと書き綴ってきましたが、涼やかな水辺のように、本協議会も心地よいコミュニティーでありたいと思います。県内の大学図書館の皆さん、しなやかに連携し、各館の機能向上を目指していきましょう。どうぞご協力ください。
(静岡大学附属図書館長 教授 専門分野:応用生態学)

(巻頭言) 花はタチバナ
「静岡県大学図書館協議会会報」No.21 (2020. 7)

 最近、大学図書館に関わる研修会を2つ開催しましたので、そのことをご紹介しましょう。1つ目は今年2月の東海北陸地区国立大学図書館協会の研修会で、静岡大学附属図書館浜松分館を会場に、「プロの視点を知ろう!想い伝わる図書館広報」というテーマで開催しました。大学図書館の機能拡充、学習支援の強化、オープンサイエンスを背景に、学生、教職員、社会に向け、様々なシーンで積極的な広報が必要となっています。とはいえ、私たちは広報については全くの素人。日々苦心しているところです。そこで、プロの方の教えを受けようと、本研修会を企画しました。
 静岡大学の平野雅彦先生、ふじのくに地球環境史ミュージアムの鈴木啓和さんをお招きし、広報のプロの視点、伝わる展示デザインについて学びました。平野先生は静岡市立御幸町図書館に貢献されるなど、図書館との関わりも深い方です(詳しくは、『図書館はまちの真ん中』(勁草書房、2007))。一方、ふじのくに地球環境史ミュージアムは閉校になった静岡南高校をリノベーションし、素晴らしい展示で魅了する、知る人ぞ知る博物館。お2人のお話とワークショップより、効果的な広報のヒントを探りました。皆さんのお役に立つよう、平野先生の推し本をご紹介しておきます。ハウツー編では、細山田デザイン事務所『誰も教えてくれないデザインの基本』(エクスナレッジ、2018)。思想編では、川島蓉子・糸井重里『すいません、ほぼ日の経営。』(日経BP社、2018)です。
 2つ目は本協議会の研修会で、昨年12月に「大学運営と図書館-常葉大学草薙キャンパスの挑戦」というテーマで開催しました。社会、経済が急速に変化する中、変化に対応できる人、地域を支える人を育てること、地域社会に開かれた知の拠点となることが、大学に求められています。図書館においても、そのように拡大しつつある大学の役割を認識し、しっかり対応していく必要があります。そこで、開学間もない草薙キャンパスを会場に、新キャンパスの構想、実現への道のりについて、大学全体の視点、図書館の視点から、貴重なお話しを伺いました。私自身、多くの学びがあり、新しい図書館のオープンをともに喜ぶこともでき、有意義な1日でした。当日の詳細は、本誌の後方をご覧ください。
 さて、常葉大学の「常葉」の由来は、タチバナ(橘)の常緑の葉だそうです。タチバナは日本固有種で、古来よりおめでたい木とされてきました。直径2~3 cmの小さな実は種子が多くて酸味が強く、生食には向きませんが、一部のカンキツ品種のルーツになりました。農研機構の清水徳朗さんらの研究によると、ニューサマーオレンジ(日向夏)や黄金柑、花柚の親であったと推定されています。その爽やかな香りが受け継がれてきたのでしょう。このような親子関係も含め、カンキツ類の進化史と栽培化には未だ謎が多く、非常に面白い分野です。
 ところで、タチバナとデザインといえば文化勲章と橘紋(家紋)でしょうか。文化勲章には純白の花が、橘紋には実と葉がデザインされています(よく見ると500円玉にも)。一方、広報といえば「ちゃっきり節」でしょう。「唄はちゃっきりぶし、男は次郎長、花はたちばな、夏はたちばな、茶のかをり。ちゃっきり ちゃっきり ちゃっきりよ、きやァるが啼くんて雨づらよ」。静鉄グループウェブサイトによると、1927年に狐ヶ崎遊園地の開園を記念して作られたコマーシャルソング。北原白秋作詞、町田嘉章作曲です。静岡の名物、特産品が織り込まれ、明るく楽しい気分にさせてくれる歌ですね。長く親しまれる秘訣でしょうか。
 この歌のように、本協議会も明るく楽しく、心地よいコミュニティーでありたいと思います。県内の大学図書館の皆さん、しなやかに連携し、各館の機能向上を目指していきましょう。どうぞご協力ください。
(静岡大学附属図書館長 教授 専門分野:応用生態学)

(巻頭言) ゾウさん
「図書館通信」No.172 (2020. 4)

 新入生の皆さん、ようこそ静岡大学へ。もう新入生セミナーの中の図書館利用セミナーを受講しましたか。それともこれからでしょうか。本学図書館には数多くの蔵書・電子リソースがあります。多くの良書と出会い、成長の糧にしてください。新しい知識を吸収し、学問の面白さを実感してください。私も専門分野の生態学について日々学んでいます。その一端を紹介しましょう。
地球上には数多くの生き物が生息しています。生き物のこと、そして人間活動の影響を深く理解することが、生態学の目標の1つです。私たちの周りにも多くの生き物がいますね。例えば、静岡キャンパスにも多くの木々が生えています。私のお気に入りはネムノキ、その姿を見るとサバンナを連想します。昨年、キャンパスがある有度丘陵でナウマンゾウの化石が見つかりましたが、その昔、この地もアフリカのように大型動物の楽園だったのかもしれません。アフリカのサバンナといえば、プリンストン大学のロバート・プリングルさん率いるグループが精力的に研究しています。その1つが1月23日号のネイチャー誌で紹介されました。「侵入植物 vs. 草食動物」という記事で、凛としたウォーターバックの写真付きです。
 ここで紹介された論文はネイチャー・エコロジー&エボリューション誌に発表されたもので、再野生化によって外来低木の拡大を防ぐという内容です。場所はモザンビーク・ゴロンゴーザ国立公園。静岡県の半分ほどの面積の保護区にゾウやバッファローなど大型動物が暮らしています。しかし、悲しいことに内戦(1977年から92年)で多くの動物が殺され、個体数が激減しました。現在、個体数を回復させる再野生化計画が進行中です。草食動物の激減は植生をも悪化させました。例えば、外来低木ミモザ・ピグラの増加です。ミモザはネムノキ亜科の1種、ネムノキと少し似ています。
 研究者は、大型動物はミモザを食べて拡がりを抑えるという仮説を立て、次のように予想しました。①大型動物の激減でミモザは拡大したが、再野生化で減少している。②大型動物はミモザをよく食べる。③食べることでミモザの成長を抑えている。動物を排除すると拡がる。では、どんな方法で確かめたでしょうか。内戦前のミモザの分布状況を知るには、プレトリア大学図書館に保管されている学位論文が役立ちました。再野生化にともない内戦前のレベルまでミモザが減少していたのです。続いて動物6種の糞を採取し、DNA分析したところ、どの動物からもミモザのDNAが見つかりました。ミモザを食べている証拠です。栄養価が高いので、好んで食べているようです。フェンスで囲って食われないようにした区と対照区を設けて調べてみると、食べることで成長と繁殖を強く抑えることが分かりました。植生調査(文献調査、衛星画像の解析を含む)、糞分析、野外実験を組み合わせた見事な研究です。
 深く理解するためには、自分で質問を考えてみることが大切です。例えば、降水量とミモザの関係はどうなのか。降水量が多い年はミモザが増え、降水量が少ない年には減るのではないか。再野生化計画では肉食動物も回復させるのか。もしそうなら、ミモザが再び拡大するのではないか。再野生化の問題点はないのか。
 実は再野生化には問題点があります。例えば、ゾウと農民の対立です。内戦中、象牙を売って武器を買ったり食料にするために、ゾウの90%以上が殺されました。再野生化でようやく600頭まで回復したところです。一方、内戦後、公園の周りに暮らす人々が急増し、農地が増えました。そこにゾウが侵入して食い荒らすのです。そこで、プリングルさんのグループはゾウ12頭にGPSを付けて移動範囲を調べたり、どんなフェンスで農地を囲うと侵入を防げるか、調べています。最も効果的なのは、なんとミツバチの巣箱フェンス。アフリカミツバチは攻撃的な性格でゾウも苦手なのですね。
プリングルさんらの論文から多くのことを学ぶと同時に、サバンナを吹き抜ける風のような爽やかさを感じました。皆さんも図書館を大いに利用し、存分に学んでください。広い視野を養い、賢い人になってください。最後に(著作権法で引用できませんが、)「ぞうさん」で有名なまど・みちおさんの詩「アリ(アリを見ると)」(注1)もぜひ読んでみてください。

(注1)谷川俊太郎編『まど・みちお詩集』(岩波書店)が静岡本館開架にあります。

(巻頭言) 深いりコーヒー
「図書館通信」No.171 (2019. 4)

 新入生の皆さん、ようこそ静岡大学へ。今日のセミナーをきっかけに図書館を大いに利用し、数多くの本と出会い、幅広く学んでください。過日、私も森 章さんの『生物多様性の多様性』という本を見つけ、多くのことを学びました。そのことを紹介しましょう。
生物多様性条約やSDGs(持続可能な開発目標)からもわかるように、生物多様性の保全は人類が早急に取り組むべき重要課題です。ところが、生物多様性の意味は人によって様々、曖昧な概念です。本書は、そんな生物多様性の捉え方、評価の仕方、成り立ち、人間社会への恩恵(生態系サービス)を分かりやすく丁寧に解説した良書です。導入はアフリカ・サバンナでのトロフィーハンティング。保全と利用のジレンマに引き込まれます。続く3つの章が核心部。群集生態学の最前線と人間社会との関わりを学べます。森さんの知床・羅臼岳でのフィールド研究も紹介され、ヒグマ対策の訓練も出てきます。私自身、もっと深く知りたいと思う箇所が多数ありました。その1つが156ページのコーヒー園の研究です。
 皆さんの中にもコーヒー好きの人がいるでしょう。コーヒーを飲むとリフレッシュしますね。花や実を想像しながらゆっくり味わうのもよいものです。そのコーヒーの大害虫といえばコーヒーノミキクイムシ。このキクイムシ(木食い虫)は体長2 mmほどの甲虫の1種で、コーヒーの実を専門に食べ、甚大な被害を与えます。本書では、スタンフォード大学の研究者を中心とするグループによる、中米コスタリカのコーヒー園での研究が紹介されています。どんな研究かというと、キクイムシを鳥が捕食する、森林が多く残存していると鳥がよく保全され、キクイムシを防除し、コーヒー豆の損失を抑えてくれるというものです。自然地を残すことで天敵が保全され、害虫を防除する、そのサービスの経済的価値は高く、コーヒー生産と保全が両立するそうです。
 さらに深く知るにはどうするか。良い方法があります。自分で質問を考えてみるのです。例えば、「キクイムシの一生はどのようか」、「コーヒーの実をどのように食べるのか」、「なぜコーヒー中毒にならないのか」、「どんな種類の鳥がキクイムシを食べるのか」、「なぜ食べたとわかるのか」、「どの時期のキクイムシを食べるのか」、「鳥はコーヒーの実も食べるのか」、「殺虫剤は散布しているのか」、「どうやって経済的価値を見積もるのか」。少し知識があれば、「鳥が増えると、他の天敵(アリや寄生バチ)に悪影響が出ないのか」、「鳥は花粉を媒介するハチを食べないのか」のように。すぐに10個思いつきますね。質問を考えることで、より深く理解できるようになります(詳しくは、野矢茂樹さんの『大人のための国語ゼミ』を参照してください)。
 次に調べてみましょう。キクイムシの一生はこのようです。雌成虫が実に穴を開け、産卵します。孵化した幼虫は実を食べて成長し、やがて成虫になります。雌には翅があり、実の中で(飛べない)雄と交尾後、その実から飛び去り、別の実に産卵します。では、鳥はどの時期に捕食するのか。実から飛び去って分散する時期(や産卵中)のようです。そんな捕食の現場を押さえるのは、ほぼ不可能ですね。そこで、研究グループは鳥の糞に含まれる(餌動物の)DNAに着目しました。キクイムシのDNAが見つかれば、捕食の証です。鳥75種、コウモリ13種から総数522個の糞を採取し分析したところ、キイロアメリカムシクイなど5種の鳥が捕食者と分かりました。
 さて、このコーヒー園の研究成果は他の農園にも当てはまるでしょうか。昨年、国際チームによる論文が米国科学アカデミー紀要に発表されました。日本の水田やソバ畑を含む31か国6,700か所余りのデータを集めて調べたところ、予想に反して、結果はまちまち。自然地の残存率が高いと害虫防除サービスが低下し、減収する事例もありました。では、どんな場合に作物の収量を高め、どんな場合に低下させるのか。これを解き明かすのが、今後の課題です。
 人間は地球上のあらゆる生き物に影響を与え、しばしば絶滅に追いやってきました。森さんが最後に「数多の種との共存をできるだけ長く穏やかにするための努力が、我々人間という生物種には危急に求められている」と述べているように、私たちには謙虚であること、賢くなるための努力が必要でしょう。皆さん、これから図書館を大いに利用し、存分に学んでください。
※ご紹介した本は附属図書館(静岡本館・浜松分館)で所蔵しています。どうぞご利用ください。

(巻頭言)「古書の生物学」
「静岡県大学図書館協議会会報」No.20 (2018. 4)

 本協議会では、昨年12月、「基礎から学ぶ 資料の保存と修復」をテーマに講演会と実務研修会を開催しました。この分野の第一人者、眞野節雄さんのお話から、私自身、多くのことを学ぶことができました。
 さて、利用を前提に資料を保存していると、どうしても劣化や汚損、破損が生じ、カビによる被害や虫害も起こります。とりわけ、私は生態学が専門のため、虫害のこと、というより、本の3大害虫(シミ、チャタテムシ、シバンムシ)のことが気になります。そこで、これらの虫に因んだ最近の話題を2つご紹介しましょう。
 1つ目はチャタテムシ。漢字で表すと「茶立虫」。「紙魚」や「死番虫」に比べ、穏やかで風雅な感じさえします。和名の由来は、雄の出す音が茶筅(せん)で抹茶をたてるときの音に似ること、雌への合図になるそうです。一方、英名はbooklouse。louseはシラミのこと、古書でよく見かけるシラミに似た虫といったところでしょうか。
 ところで、このチャタテムシの仲間を専門に研究している人がいます。吉澤和徳さん(北海道大学)という方です。その吉澤さんがトリカヘチャタテのおもしろい形態と行動を調べた研究で、2017年にイグノーベル賞を受賞されました。どんな研究か、簡単に紹介しましょう。トリカヘチャタテは体長3 mmほど。ブラジルの乾燥地帯の洞窟に生息します。和名は「とりかへばや物語」に由来し、その名のとおり、雄と雌の性器が逆転しています。何と雌の方がペニスにそっくりの交尾器を持ち、雄に挿入するのです。吉澤さんによると、1回の交尾時間は平均52時間と長く、最大73時間にも及ぶそうです。その間に、雄の精液を絞り取り、産卵のための栄養にします。世の中にはまだまだ知らないことがあるのですね。
 2つ目はシバンムシ。「死番虫」とは何とも不気味な名前です。英名deathwatch beetleの訳語で、この虫が出すコツコツという音が、死神の時計のように聞こえたことに由来するそうです。ヨーロッパの古い家の木製家具や建材に多くいたのでしょう。ところで、そのシバンムシが本に開けた穴が、2017年7月28日付けのサイエンス誌に載りました。「古書の生物学(Biology of the book)」という記事の中の、中世写本に開けた穴に歯間ブラシを挿し込み、DNAを採取している写真です。撮られた場所は、おそらく英国オックスフォード大学のボドリアン図書館の1室。図書館員と生物学者が集うシンポジウムの1コマです。
 問題の本は、12世紀頃につくられた「ルカによる福音書(The Gospel of Luke)」の写本。表紙の下のオーク板に直径1.3 mmほどの穴が開いています。原料となったオーク材に産み付けられたシバンムシの卵が孵化し、材を食べて成長した幼虫がさなぎとなり、やがて成虫に羽化し、脱出のために開けた穴です。この穴の中に残っている(かもしれない)幼虫の糞の痕跡からDNAを採取できれば、どんな種類のシバンムシか、どの地域のものか、推定できるでしょう。そのために、写本自体は傷つけないように注意深く採取したのです。DNA分析の結果はまだ公表されていませんが、穴の大きさから、ヨーロッパに広く分布している種類のシバンムシ(Anobium punctatum)のものと推定されています。
 この記事には他にも興味深い研究が出てきます。たとえば、1,000年前の羊皮紙に書かれた「ヨーク福音書(the York Gospels)」の写本。英国ヨーク大聖堂の儀式で今も使われるそうです。そのページ表面を消しゴムで軽くこする(汚れをとる)と、消しくずが出ます。そのわずか150~250 μlの消しくずからタンパク質やDNAを採り、どんな動物の皮でできているか、雄の皮なのか雌の皮なのか、どんな毛色で、角はあるのかなど、羊皮紙のもとになった動物の種類や性状を探るという研究です(羊皮紙といっても、必ずしも羊の皮だけではない)。このように古書に秘められた歴史の一端が、生物学的手法で解き明かされつつあるのです。
 県内の大学図書館の皆さん、この記事の図書館員と生物学者のように連携し、各館の機能向上を目指していきましょう。どうぞご協力ください。

(巻頭言)「質問は大事」

 新入生の皆さん、ようこそ静岡大学へ。今日の図書館利用セミナーをきっかけに、これから大いに図書館を利用してください。2年生以上の皆さんも引き続きよろしく。そして、浜松キャンパスの皆さん、ご不便をおかけしていますが、7月に全面オープンします。どうぞお楽しみに。
 さて、皆さんは文章を読んで、あるいは講義を聴いて、内容がよくわからず困ったことはありませんか。自分の考えや疑問をうまく言い表せなくて、困ったことはありませんか。そんな人に役立つ本を紹介しましょう。野矢茂樹さんの『大人のための国語ゼミ』です。とても読みやすく、楽しみながら国語力を鍛えることができる本です。
 本書は8章から成りますが(どの章も非常に有益)、私自身、特に参考になったのは第7章「的確な質問をする」です。はじめにわずか4行の例文を読んで、10個以上の質問を考えよという問題が出てきます。続いて26個の質問例が示され、質問づくりのポイント、「的確な質問」の極意へと進んでいきます。親切丁寧な内容で、無理なく自習できるように工夫されています。野矢さんによると、質問には「情報の問い」、「意味の問い」、「論証の問い」の3つのタイプがあります。「情報の問い」とは、「より詳しく知りたい」、「関連する話題をさらに知りたい」という質問。「意味の問い」とは、相手の言ったことの意味がよくわからないとき、「どういう意味か」と尋ねる、「具体的に説明して」と求めること。「論証の問い」とは、相手の言ったことを納得できないとき、根拠を求める、根拠を補強してもらうことです。
 ここで、私から皆さんに問題を出しましょう。次の文章を読み、質問を10個以上考えてください。「ギンリョウソウ(銀竜草)は森林の林床に生える白色の多年草である。草丈はせいぜい15 cm。果実は液果で、多数の微細種子を含む。最近、この果実を直翅目(バッタの仲間)のカマドウマが食べ、糞とともに種子を排出することがわかった。昆虫による被食種子散布としては、世界で数例目である」。
 いかがですか、質問を考えつきましたか。この問題文は、今年、植物学の学術誌ニュー・ファイトロジストに掲載された、末次健司さん(神戸大学)の論文をもとに作成しました。調査地は、なんと静岡、富士宮市内の森林です。そういえば、静岡キャンパスがある有度山でもギンリョウソウを見かけます。
 質問例を挙げましょう。まず「情報の問い」の例。「白色とは、植物体全体が白色なのか。葉緑体はあるのか。果肉をつくるコストはどのくらいか。種子の大きさはどのくらいか。種子のカマドウマ体内の滞留時間はどのくらいか」。もっと知りたいと思えば、いくつも質問が浮かびますね。ほんの少し想像力を働かせ、「葉緑体をもたないなら、どのように栄養を得ているのか」と質問すると、ギンリョウソウを含む「腐生植物」というユニークな植物に話題が広がります。
 次に「意味の問い」の例。「被食種子散布とは具体的にどういうことか」。これは、動物に食べられることで種子を(糞とともに排出)散布してもらうこと。昆虫は非常に珍しく、主に鳥と哺乳類が散布します。哺乳類散布のことをもっと知りたい人は、中島啓裕さんの『イマドキの動物ジャコウネコ-真夜中の調査記』を読むとよいでしょう。おもしろいですよ。シベットコーヒー(ジャコウネコの糞から採取された高価なコーヒー豆)やシャネルの5番も出てきます。
 最後に「論証の問い」の例。「どのような方法で調べたのか。どんな結果が得られたのか」。これらの質問から、研究方法は適切か、結果は被食種子散布という結論を導くかを吟味します。納得できなければ、核心に迫る質問ができるでしょう。ちなみにこの研究では、フィールド調査と糞分析、種子生存力の検査、室内での摂食実験という4つの方法が使われました。たとえば、フィールド調査では、どんな動物が果実を食べに来るか、1年目はギンリョウソウのそばに自動撮影カメラを設置して、2年目以降は研究者が張り付いて調べたそうです。晩夏の真夜中、延べ50時間(他の腐生植物も含めると190時間)も。根気がありますね。

(巻頭言)「蜂蜜採りとミツオシエ」
「静岡県大学図書館協議会会報」No.19 (2017. 4)

 本協議会では、昨年12月、「みんなのお悩み解決!今年は「機関リポジトリ」と「学習支援」」をテーマに講演会と実務研修会を開催しました。私自身、尾城孝一さん(東京大学附属図書館)の「機関リポジトリのこれからとJPCOAR」のご講演から、機関リポジトリの背景とこの15年間の歩み、推進委員会の活動、そしてJPCOARによる未来について学ぶことができました。参加された皆さんにも、お役に立ちましたら幸いです。
 さて、開会のご挨拶の中で、静岡大学附属図書館にも悩みがあり、例えば、館内にスズメバチが侵入して・・と申しました。実は、それ以上に厄介な動物が現れました。イノシシの親子です。10月22日の深夜、6頭の子連れで図書館のすぐ近くに出没しました。幸い人的被害もなく、2回の出没騒ぎで終息しました。自然豊かな環境で、自然とのつきあいを実感できるキャンパスであることを再認識したしだいです。
 人と自然のつきあいといえば、昨年、人と野鳥の面白い共生が米科学誌サイエンスに発表されました。蜂蜜採りとノドグロミツオシエ(キツツキ科の1種)の共生を調べたもので、アフリカ・モザンビークで行われた研究です。ヤオ族の集落には代々、蜂蜜採りをしている人がいます。といっても、ミツバチの巣を見つけるのは一苦労。そこで、ミツオシエに巣まで誘導してもらいます。巣は木の上方のくぼみにつくられることが多く、ハチも攻撃的で、ミツオシエは巣の中の蜜蝋にありつけません。蜂蜜採りは木を切り倒して巣を取り出し、火を焚いて煙でハチを抑え、蜂蜜を採り、蜜?はミツオシエに残してやります。このように、蜂蜜採りはミツオシエに巣まで誘導してもらい、短い所要時間で蜂蜜を得る、他方、ミツオシエは巣を取り出してもらい、好物の蜜蝋を得る。そんな野鳥との相利共生が形成され、今も続いていることに感銘を受けました。
 この共生の鍵は、人と野鳥のコミュニケーションにあるようです。実験によると、蜂蜜採りが独特の声を出すことで、ミツオシエを呼び寄せ、巣まで誘導してもらう確率が高まり、ミツオシエの方も特有の鳴き声で合図しながら、巣の場所まで最短ルートで誘導するようです。ミツオシエが蜜蝋を食べることは、すでに1588年には知られていました。現在のモザンビークにあった教会での出来事を、ポルトガル人宣教師が書き残しています。ミツオシエが教会内のロウソクを食べに入ってくると。さらに、ミツオシエが鳴きながら木々を飛び移り、ハチの巣まで誘導すること、人が蜂蜜を採った後に残された蜜蝋を食べることも記載しています。このように、文書に記され、保存されることで、貴重な情報が今に伝わる、図書館の役割の重要さを改めて実感しました。
 私は一教員として、農学部の専門科目を担当しています。そこで、この論文をもとにアクティブラーニングの課題を考えてみました。以下、試作品を紹介します。1つ目は、蜂蜜採りとミツオシエのコミュニケーションによる共生を示す方法について。蜂蜜採りの独特の呼び声が有効かどうかを判定するにはどうするか。何かしら工夫を凝らし(ここがポイント!)、ミツオシエが木々を移動するのを蜂蜜採りが追いかけ、その後を研究者が追いかけるという楽しい調査になりそうです。2つ目は、この共生関係が途絶えることなく、続いている理由はどんなことか。いろいろな理由がありそうです。グループ討論向きでしょう。3つ目は、基本的な設問。スプーン1杯の蜂蜜のために、ミツバチはどのくらい働くのか。クローバー蜂蜜なら、何個くらいの花を訪れるか。労働日数は何日くらいか。このヒントは、べルンド・ハインリッチ(井上民二監訳)『マルハナバチの経済学』に書かれています。
 県内の大学図書館の皆さん、蜂蜜採りとミツオシエのように連携し、知恵を出し合い、大学図書館の多様な機能をより一層強化していきましょう。どうぞご協力ください。

(静岡大学附属図書館長 教授 専門分野:応用生態学)

(巻頭言)「植物の本」

 新入生の皆さん、ようこそ静岡大学へ。そろそろ学生生活に慣れた頃と思います。今日の図書館利用セミナーをきっかけに、これから大いに図書館を利用してください。2年生以上の皆さんも引き続きよろしく。
 さて、私は植物の生態を研究しています。そこで、これまでに出会った「植物の本」を3冊紹介しましょう。1つ目は堀田 満さんらの『世界有用植物事典』。初めて見たとき、こんなにも多くの植物が利用され、それぞれ長い歴史があることに驚きました。採種・栽培から加工まで何と手間暇がかかり、高度な技を要することか。普段何気なく利用しているものが、どれも長い時間をかけてできたもの、先人の努力の賜物という当たり前のことに気づきました。そういえば、本書の(紙の)原料も植物でした。
 この事典は約1,500ページもありますが、これでも要点の解説にすぎません。1つ1つのディテールを収録しようとすると、何分冊あっても足りないでしょう。新たな情報も蓄積しています。特にゲノム研究の貢献は目覚しい。例えば、日本の畜産を支えるトウモロコシ。本書の7年後(1996年)、遺伝子組換えトウモロコシ(Btコーン)の商業栽培が始まりました。そして現在、ゲノム編集という新たな技術によるワキシーコーンが開発中で、いずれ加工食品の乳化剤や食品以外の用途に使われるようです。一方、古いトウモロコシのゲノムも研究されています。最近、5,300年前の地層から出土したトウモロコシ穂軸のゲノムが一部解読され、当時のトウモロコシがどんな姿かたちであったか、推定されました。このようにトウモロコシのような重要作物では大量の情報が蓄積されていきますが、その一方で、ほとんど利用されなくなった植物は忘れ去られていきます。アントロポセン(人新世)とも呼ばれ、人間活動による変化が急速に起こっている中、そのような植物のことも詳録しておくことは大切な作業でしょう。
 2つ目は盛口 満さんの『植物の描き方-自然観察の技法Ⅲ』。一流の教育者であり、多くの一般向け自然科学書の著者。というより、第1に好奇心が旺盛すぎるナチュラリストと紹介すべきでしょう。そんな著者だからこそできた、植物を深く知るための素敵な本です。植物スケッチの極意を、盛口さんが伝授してくれます。その極意とは、「植物スケッチの基本はウソをつくという点にかかっている。」、「ウソのつき方のポイントは以下の3点である。1.ウソは、はっきりとつく 2.ウソのつき方をうまくする 3.ウソはつきとおす」、「なお、もっとも大事な心がまえは「描きたいものを描く」・・」。なかなか刺激的な文章ですね。この真意は、本書を読んでお確かめください。
 極意だけでなく、内容も刺激的です。例えば、リスはほとんどドングリを好まない、最近のAPG分類体系によると、ウキクサはサトイモ科の仲間、水辺暮らしに特殊化したサトイモがウキクサである・・。どのページも面白いですが、「果物スケッチ」には驚きました。果物がもともと誰に食べられ、種子を散布していたのか。盛口さんはタヌキのため糞(1ヵ所に糞をする習性がある)の中の見なれぬ種子を、南米原産のポポーのものと鑑定します。ポポーの果実は哺乳類散布で、絶滅したメガ・ファウナ(大型動物)が種子を散布していたという説に思いを馳せます。そして、アボガドも絶滅したオオナマケモノが種子散布していた・・と続きます。
 3つ目は岩槻邦男さんの『新・植物とつきあう本』。岩槻さんは著名な植物分類学者で、こどもの周囲にいる大人、父親、母親、祖父母に向けて書かれた本です。将来そうなるであろう皆さんにも有益でしょう。私が本書を読んだきっかけは、四ツ葉のクローバー(シロツメクサ)が出てくるからです。四ツ葉のクローバーは見つかるけれど、四ツ葉のクズ(葛)は見たことがないと。気になって、クズを見かけると観察してみますが、まだ四ツ葉を見たことはありません。こんなことでも結構楽しいものです。
 ビワの木を見かけると、まど・みちおさんの詩の一節を思い浮かべます。「びわは/やさしい きのみだから/だっこ しあって うれている/うすい 虹ある/ろばさんの/お耳みたいな 葉のかげに」。こども向けというより、むしろ日々苦労している大人向けでしょうか。リフレッシュになります。皆さんも1日10分間は自然を見つめながら、大いに勉学に励んでください。図書館がしっかりサポートします。

(巻頭言)「アクティブラーニングとコーヒー」
「静岡県大学図書館協議会会報」No.18 (2016. 4)

 本協議会では昨年12月、「大学図書館における学習支援・研究支援」をテーマに講演会と実務研修会を開催しました。岡部幸佑さん(東京大学図書館)に「学習支援と情報リテラシー」のご講演と、グループワークのご指導をしていただきました。皆さんのご参考になりましたら幸いです。

 ところで、学習支援の推進には教員による一層の働きかけ、アクティブラーニングへの取組みも必要です。例えば、課題を出して授業時間外の学習を促し、次回の授業で提出、または発表してもらう。そういうトレーニングを積み重ね、やがて「自分で魅力的なテーマを立て、解決する」というゴールに到達する。そういう取組みです。

 では、トレーニング用の課題とはどんなものか? 私の試作品をご紹介します。私は普段、農学部で応用生態学を担当していますが、コーヒーを素材に考えてみました。コーヒーは工芸作物の1つで、嗜好品の貿易額では最もメジャーです。静岡との関係で言えば、地元特産のチャと消費をめぐって競合する相手でしょうか。

 コーヒーはジャスミンに似た香りがする白い花を咲かせます。自分の花粉でも受粉できますが、他の個体の花粉で受粉したほうが実をつけやすいようです。さまざまなハチが花粉を運びます。では、どんな方法でこれらのことを確かめたら良いでしょう? 例えば、あなたがキリマンジャロ山麓のコーヒー園で調べるチャンスに恵まれたとして、どうしますか? こんな設問について、グループで考えてもらい、背景、設問、仮説、方法、予想される結果を論理的な文章にしてもらいます。これは、簡単な課題です。しかも、世界的にハチの減少が懸念される中、コーヒーもその影響を受けることに気づきます。ハチを増やす方策にまで展開できます。

 今度は少し難しい課題です。ハチは吸蜜するためにコーヒーの花を訪れますが、その花蜜にはカフェインが含まれます。これは、パラドクスです。カフェインはアルカロイドの1つで、コーヒーを適量飲むと、眠気防止や記憶力向上のような効能があるそうですが、カフェインを取り過ぎると、健康を害します。日本でも、昨年、過剰摂取による死亡事件が発生しました。それなら、ハチにもカフェインは有害では? そんな花は忌避するのでは? そう考えると、なぜハチがコーヒーを訪花するのか、不思議です。そこで、仮説を考えてもらい、検証するための室内実験も計画してもらいます。むろん、ミツバチの訪花行動を調べる室内実験の方法は、授業中に解説しておきます。

 どうですか? 難しそうですね。実は花蜜に含まれるカフェインは、低濃度なのです。ミツバチは低濃度のカフェインを含む花は忌避せず、むしろよく訪れることが分かってきました。適量のカフェインは、ハチの記憶力を高めるようです。植物の方が、カフェインで昆虫の脳に作用して記憶力を高め、同じタイプの花だけを訪れるように仕向けている、カフェイン依存症を引き起こしているかもしれない、そんなアイデアも出されています。

 このような課題をつくる第一歩は、おもしろい素材を入手することです。それには、科学ニュースを紹介するウェブサイトが便利です。私はよく「Phys.org」を利用します。これは、さまざまな分野の最新研究を分かりやすく紹介するサイトで、先述のコーヒーの研究も載りました。昨年暮れには、総会でお世話になった静岡英和学院大学のご近所、日本平動物園も載りました。あのレッサーパンダの脱走騒動です。裏山の孟宗竹にしがみつく「スミレ」の画像が世界中に発信されたのです。そして、動物園スタッフの知恵と努力、警察犬との連携プレーに拍手が送られました。

 私たちもこのように連携し、知恵を出し合い、大学図書館の学習支援機能をより一層高めていきましょう。県内の大学図書館の皆さん、どうぞご協力ください。

(静岡大学附属図書館長 教授 専門分野:応用生態学)

(巻頭言)「図書館と出会い」

 新入生の皆さん、ようこそ静岡大学へ。といっても、この冊子を5月以降に受け取った人も多いと思います。ユリノキの花咲くキャンパスで学生生活にすっかり慣れた頃合いかもしれませんね。この間、皆さんは図書館をどのくらい訪れましたか? 今日の図書館利用セミナーで初めてという人、これからぜひ利用してください。2年生以上の皆さんも引き続きよろしく。

 学生時代は時間を自由に使え、ハードな読書ができる貴重な期間です。若いときの頭脳は吸収力も高く、鍛えがいがあります。在学中、多くの良書と出会い、成長の糧とされるよう願っています。読書にはよく3つの読書があると言います。人生について学び考えるための読書、仕事のための読書、そして楽しみの読書です。阿部謹也さんの『読書力をつける』を読むと、人生を考えるための読書とはどんなことかよく分かります。仕事のための読書といえば、皆さんの場合は学業が仕事ですから、普段の勉学のことですね。おもしろいと思えるようになると楽しいものですが、その境地に達しないと味気ないもの。リフレッシュも必要でしょう。そこで、楽しみの読書となりますが、大学図書館は一般書が手薄です。そちらは市内の公共図書館を利用してください。

 皆さんは、これまでどんなふうに本と出会ってきましたか? アマゾンのようなウェブサイトで? 書店や図書館で? 誰かに薦められて? 新聞の書評も、好みの新刊本を見つけるのに便利ですよ。主要な新聞は日曜日に書評が載りますので、勉強の合間に新聞コーナー(静岡本館は4階)で読んでみてください。私も過日、野矢茂樹さんの『哲学な日々-考えさせない時代に抗して』を見つけ、哲学のこと、論理のこと、座禅ゼミのことを楽しく読みました。特におもしろかったのは「案外ダメな授業」。このくだりを読んだ翌日の授業で、思わずライブ感と思考のプロセスを出したくなりました。論理的な文章や日本語の技術の反復練習など、皆さんが読んでも役立つ内容満載ですので、ぜひご一読を。野矢さんは「この本で私は、どういう衣装を着て読者の前に立つのか。もちろん哲学者という服も大学教師という服も着る。<中略>しかし、仕事着ばかりではなく、普段着でも登場する。さらには、本来無一物とか言って素っ裸で現われもする。迷惑、かな。やっぱり。」とまえがきしていますが、ちゃんと穿いていますので、ご安心ください。『新版論理トレーニング』もお薦めです。

 新聞コーナーには各紙とりそろえています。私も、ときどき日本経済新聞を見ます。実は昨年、文化面で思いがけない再会をしました。それは、井上史雄さんの「現代ことば考」というコラムを読んでいて・・・。どこかで聞いたお名前、方言のご研究も微かに記憶していました。何と、大学1年生のとき、井上先生(ここから先生とお呼びします)の講義を受けていたのです。あれから40年、紙面で再びお目にかかれるとは。少し調べてみると、静岡でも新方言「じゃん」の調査をされていました。

 「じゃん」といえば、横浜発祥と思っていましたが、静岡の方が古いそうです。そういえば、地元の年配女性が「じゃん」と使うのを耳にしたことがあります。そもそも100年以上前に山梨で始まり、大正・昭和に静岡に広がり、沿岸伝いに横浜に広がったのだそうです。先生は今、若い人が使う「じゃね」に注目され、100年後も使われているか確かめられないのが残念とのこと。皆さんも、このように図書館で先生方と再会できるかもしれませんよ。井上先生は、「アメーラトマト」や特別栽培米「やら米か」のような方言グッズも多数収集されているそうです。

 静岡大学のビジョン「自由啓発・未来創生」には、土地の言葉「やらまいか」のスピリットも込められています。図書館がしっかりとサポートしますので、新しいことに挑戦できるよう準備を怠らず、精一杯学問に励んでください。

(巻頭言)「大学図書館と学習支援機能」
静岡県大学図書館協議会会報」No.17 (2015. 4)

 静岡大学図書館では、昨年10月に浜松分館の大規模改修を終え、浜松分館(Students’ PORT)としてリニューアルオープンしました。そのコンセプトは「学生たちの<港>」、プレゼンルームやグループワークエリア、Graduates’ Hubを新設し、グループ学習や協同作業ができるように整備しました。活気ある<港>のように、新たな知識や人と出会い、大いに成長し、社会に巣立っていくようにと、心より願っています。先行して改修した静岡本館(Learning Park)とともに、学習支援の環境を整備したところです。

 とはいえ、図書館の学習支援の充実に着手したばかり、まだスタートラインに立ったところです。この機能を実質的かつ持続的に強化するには、さまざまなアイデアを試行・導入していく必要があるでしょう。たとえば、お茶の水女子大学のLiSAプログラムは魅力的に見えます。これは、学生と図書館員の協働による図書館活性化のための活動のこと、そのブログによると、大きな効果を上げているようです。さらに、同大学を含む多くの大学図書館でラーニング・アドバイザーを設置し始めています。このように、他の大学図書館の事例も参考にしながら、知恵を絞っていきたいと考えています。

 アクティブ・ラーニングには、このような整備だけでなく、教員一人ひとりの授業改善が必要です。名古屋大学の『ティップス先生からの7つの提案-教員編』のように、学生の予習・復習を促し、主体的に学習させる、学生間で協同して学習させるような取組みが大切でしょう。私は、農学部の専門科目を担当していますが、予習用の宿題を出しています。たとえば、遺伝子組換えトウモロコシとオオカバマダラ(チョウの1種)をめぐる演習問題。遺伝子組換えトウモロコシは家畜の飼料用に輸入され、清水港でも荷揚げされています。そんな身近な作物と、北米とメキシコの間を大移動する魅力的なチョウをとおして、農業テクノロジーと生物多様性について考えてもらいます。ネイチャー誌に掲載された論文から作題した演習問題ですが、これをきっかけに、私は自宅でアオスジアゲハを飼育し、オオカバマダラ幼虫を調べた研究を身近に感じました。

 このような作題にも、お手本となる実践例や参考文献が必要です。私もさまざまな本、論文、ウェブサイトを手本にしてきました。最近の欧文テキストには、学習支援用ウェブサイトが充実しているものも見かけます。たとえば、Cainら(2014)『Ecology (3rd ed.)』では、各章に問題解決型の演習問題があり、温暖化問題と関連するトピックスが載っています。これを今シーズンの授業に取り入れようと、思案しているところです。このように、1つの授業をとっても、他者の知識・知恵を拝借し、自分の現場に合うように改良を加えるものです。

 静岡大学では柱のひとつに地域貢献を掲げています。最大の地域貢献は、丁寧に教育してローカルに活躍できる優秀な学生を育てることです。そこで、学習支援の環境を整備してきました。その効果が十分に発揮されるよう、これから知恵を絞っていく所存です。静岡県内の大学図書館の皆さん、どうかご協力ください。

(静岡大学附属図書館長 教授 専門分野:応用生態学)

(巻頭言) 勉強の合間も『図書』

 新しくメンバーになられた新入生・大学院生の皆さん、ようこそ静岡大学へ。皆さんがこの冊子を手にするのは、4月上旬のガイダンスの頃と思います。たくさんの資料を受け取り、くらくらしたことでしょう。とはいえ、最初の1週間で慣れるもの。その後、落ち着いたら、ぜひ早めに図書館を訪れてください。静岡キャンパスで学ぶ皆さんには、キャンパスの真ん中、気持ちの良い広場に面した図書館(Learning Park)が、浜松キャンパスで学ぶ皆さんには、Students’ PORT構想のもとに昨年10月リニューアルオープンしたばかりの浜松分館が待っています。浜松分館のコンセプトは「学生たちの<港>」、活気ある<港>のように新たな知識や人と出会い、大いに成長するようにと願って整備しました。グループ学習や協同作業ができるように、プレゼンルームやグループワークエリア、大型プロジェクタを備えたセミナールーム・CALL教室も設けてあります。文字どおり皆さん一人ひとりの<母港>となることでしょう。

 在学生の皆さんも、引き続き図書館を大いに利用してください。上級生・大学院生は各研究室に貸出中の専門書や電子リソースを利用することが多いことでしょう。これらも含め、図書館を使いこなしてください。昨年、ノンフィクション作家高橋秀実さんの『ご先祖様はどちら様』という小林秀雄賞受賞作の文庫版が出ました。横浜市生まれの著者が図書館や役所を利用しながら、自分のルーツ探しの旅に出るという内容です。母方のルーツを探して静岡市清水区小島町も訪れます。旅の途中でさまざまな疑問を抱き、それらについて考え、やがて人と人の縁の広がりを実感していくことになります。著者のような「図書館の達人」になりたいものです。

 さて、ここからは図書館を初めて利用する皆さんに向けて書きましょう。大事なものは、学生証です。静岡本館では4階入口のリーダーに学生証をタッチすれば入館できます。すぐ左手がカウンターで、図書館員(ライブラリアン)の方々が仕事をしています。分からないことや困ったことは、気軽に尋ねてください。4階にはPCワークエリアや参考図書エリア、国際交流エリアのほか、新聞コーナー、視聴覚ブースがあります。次に5階に上がってみましょう。そこは図書館の核心部。たくさんの開架図書と、見晴らしが良く(海が見える)快適な閲覧席があります。試験対応期ともなれば、大勢の利用者で混雑します。5階の奥に進むと、ハーベストルームというラーニング・コモンズのスペース。グループで存分に議論し、協同作業することができます。さらに6階に上がると、セミナールームが3室用意されています。

 皆さんが新入生セミナー(前学期に開講)の中で「図書館利用セミナー」を受講するのは、このセミナールームです。この授業で、図書館の利用方法をしっかり身に付けましょう。授業時間の制約等から現在はやむを得ず割愛していますが、かつては1階から3階にある書庫を見学してもらったこともあります。この書庫こそ、図書館の真の核心部だからです。静岡本館だけで約94万冊の図書を所蔵していますが、その多くがこの書庫に保管され、いずれ誰かと出会う日を待ち続けています。私もかつて1冊の本に出会ったことがあります。それは、ふと思いついたアイデアが妥当なものかどうか見当をつけようと、イネ科植物の花粉1個の大きさを調べた文献を探していたときのこと。なかなか見つからず諦めかけていたとき、幾瀬マサさんの『日本植物の花粉』という書名が目に飛び込んできました。私の生まれた年に出版された本ですが、中を見ると、イネ科植物78種の花粉の大きさが載っているではありませんか。おかげで、アイデアに見込みのあることが分かりました。このように本と出会うものなのですね。

 図書館では以上のように、皆さんの学習を支援するさまざまなしくみを整えています。ですから大いに利用し、在学中に知性・能力を高め、社会に巣立つよう、心より願っています。とはいえ、勉強だけでは味気ないもの。勉強の合間に一息ついて、リラックスすることも大切です。このように書くと、歴代の館長に怒られますが、新聞や雑誌の中のさまざまな小文も皆さんを待ち伏せています。そこで、ここからは、勉強の合間のちょっとした楽しみについて書きましょう。3階に下りてすぐの場所に新着雑誌コーナーがあります。

 たとえば、『図書』という雑誌。これは岩波書店の月刊誌です。いま、作家の池澤夏樹さんの「詩のなぐさめ」を連載中で、古今東西の詩歌を織りまぜたエッセイを楽しめます。2015年1月号は「詩人の中のいちばんの悪党」でした。2013年11月までは、詩人の伊藤比呂美さんが連載しており、こちらは『木霊草霊』という本になりました。その中の「クズさん」、秋の七草の一つクズを題材にしたエッセイがおもしろい。クズはシロツメクサと同じくマメ科の多年草ですが、夏ともなれば、つるを伸ばしてダイナミックに成長します。静岡キャンパスでも野球場近くで怪しく蔓延しているのを見かけます。この「クズさん」を読むと、そんなクズに見立てて詠まれた万葉集の歌、いまと変わらぬ恋愛模様の一端を知ることができます。

 息抜きの読書の良いところは、読んだそばから忘れること。とはいえ、長く記憶に残るものもあります。その一つが、大江健三郎さんの連載「親密な手紙」の中の「ノリウツギの花」(2011年8月号)。著者の生家は、和紙の原料(ミツマタ)を精製し、造幣局に納めていました。等外品は京都の製紙店に買ってもらい、お歳暮にノリウツギの糊を煮て(または乾かした樹皮を)送っていたそうです。和紙づくりで使うのですね。ノリウツギはアジサイに似た低木で林内に自生しますが、秋になると葉を落とし、どこに生えているか分からなくなります。そこで地図をこしらえ、株の位置に丸印を付けておくのが、著者の役目だったそうです。このくだりが、私の記憶に残っています。実はこの小文は、東日本大震災の光景を郷里の風景に重ねたもので、(エドワード・サイードが使った)dispossessedという言葉で終わります。記憶の風景の尊さを強く感じます。

 たとえば、こんなふうに勉強の合間にさまざまな本・雑誌、新聞を読んで一息ついてください。そしてリフレッシュしたら、また勉学に励んでください。