館長室から

静岡大学附属図書館長 河合 真吾
河合 真吾
〈巻頭言〉知識を吸って大きく育て
「図書館通信」No.175 (2023. 4)

 新入生の皆さん、ようこそ静岡大学へ。
 ほぼ3年間におよぶ「ウィズコロナ」が終焉しつつあり、時代は「ポストコロナ」に移行してきました。不安定な世界情勢など心配な部分も多いですが、新しい日常を満喫してください。在学生の皆さんも同じです。本学図書館には、多くの蔵書や電子リソースがあります。多くの新しい知識を吸収することで、自ら問いをたてる能力を身につけ、ぜひ大学を楽しんでください。
 私は森林の生物や化学について日々学んでおりますが、私の研究と図書館との関連するキーワードの一つに紙があります。紙は、森林から得られる木材-現在では木質バイオマスの方がポピュラーですかね-が原料です。木材に水をかけながら物理的にすりおろして作ったパルプや、チップ状にした木材を圧力釜の中でアルカリ試薬と反応させ、紙の成分であるセルロースを化学的に取り出したパルプを、シート状に成形したものが紙です。前者は新聞紙、後者は本やコピー用紙になります。ただ今では、脱炭素社会をめざした古紙の回収・利用が必須で、古紙を混ぜて紙にすることがほとんどです。木質バイオマスである紙を使った本を、大量に長期間にわたって保存している図書館は、二酸化炭素の貯留にかなり貢献していることになります。
 脱炭素社会といえば、紙の再生利用以上に、木造建築や高層木造ビルが現在注目されています。戦後大規模に植林された人工林の多くが樹齢50年を超えています。大きくなった木はあまり成長せず、光合成による二酸化炭素の吸収が減少し、呼吸による二酸化炭素の放出との差が無くなってきます。したがって、大きくなった老木を伐採し、そこに成長力の旺盛な若い木を植えて森林の二酸化炭素吸収量を増やすとともに、炭素をたっぷり固定した老木を長期貯留が可能な木造建築などに利用することで、地球上の二酸化炭素の総量をマイナスにするネガティブエミッションを目指しているのです。ただ、成長の早い外来種の導入には、生態系を破壊しないような工夫が必要でしょう。
 さて話は変わりますが、私のある研究のきっかけとなった本を紹介しましょう。「身近な生物間の化学的交渉-化学生態学入門-(古前恒・林七雄 著)」という古い本 (1985発刊)ですが、カイコの性フェロモン化合物や、帰化植物セイタカアワダチソウの凄まじい繁殖力をサポートするポリアセチレン化合物など、生物そのものが生物間の生存戦略を生き抜くためにつくった化学物質に関する先駆的な研究が紹介されており、心躍りながら読んだことを覚えています。今では、生物が化学物質を使って他の生物と会話しているように見えることから、ケミカルコミュニケーションともいわれています。マメ科植物がフラボノイド系の化合物を分泌することで根粒菌と共生する例や、草食系のハダニに食害を受けた植物がテルペン系のSOS化合物を放出し、その匂いを感知した肉食系のカブリダニが、あたかもボディーガードのように集まってハダニを退治する例もこれにあたります。後者の肉食系ダニは天敵農薬として農業にも用いられています。私は、ハンノキやヤマモモなど一部の樹木が、放線菌フランキアと根粒共生するために放出するコミュニケーション物質の特定とその共生機構を探っています。フランキアから窒素源の供給を受けるこれら樹木の成長は比較的早く、二酸化炭素の固定にも貢献できると期待しています。
 さて、新学期からは図書館の利用制限も徐々に解除しています。会話が可能なエリア(静岡キャンパス:ハーベストルーム、浜松キャンパス:グループワークエリア等)の利用も可能になっています。ぜひ積極的に利用していただき、皆さんとともに新しい図書館を作り上げていただきたいと考えております。老木(ばかりではないですが・・)の我々教員や、知識の蓄積である図書館を上手に使うことで、知識吸収容量の大きな若木であるあなた方が伸々と成長することを期待しています。
(『身近な生物間の化学的交渉-化学生態学入門-(古前恒・林七雄 著)』は静岡本館書庫に所蔵)

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