館長室から (髙松良幸元館長)

静岡大学附属図書館長 髙松 良幸
高松 良幸
(巻頭言)「大学図書館は誰のためのものか」
「静岡県大学図書館協議会会報」No.16 (2014. 4)

 年度末が近付くと、出版社や書店などから多くの出版物の案内が大学教員のもとに届きます。各年度の個人研究費に残額があれば、本を買いませんかという勧誘です。一昔前でしたら、そんな折に欲しかった本を購入するということもありましたが、最近は個人研究費に余裕がなく、なかなかそういう機会を得ることもできません。
 そんな折、県内某大学の教員と交わした会話。会話の相手も私と同じ日本美術史の研究者です。
「○○さんから『△△』という本を買いませんかという話があったけど、18万円もするし、研究費でも個人でもとても買えないよね。県内にある重要な作品が収録されている本なのに」
「私も買えなかったけど、大学の図書館にはお願いして入れてもらったよ。この地域に1部あればいいじゃない。うちの図書館に見に来ればいいわよ」

 大学図書館が学生、教職員の教育研究のため、一般の図書館では置いていないような専門書、研究書などを配置する必要があるのは当然です。これらの多くが高額であるのに加え、専門的な電子ジャーナルや電子書籍などの配置も求められるようになり、資料収集費が高騰する一方、多くの大学図書館の財政状況は必ずしも豊かとはいえません。
 このような中求められるのは、大学図書館相互、あるいは大学図書館と一般図書館間の資料提供サービスにおける連携ではないでしょうか。もちろんこれまでも、資料の相互貸借や資料の複製取り寄せサービスなどの様々な形で、図書館相互の連携は図られています。しかしそれだけではなく、地域内の図書館にはほとんど配置されていないような高額な専門書などがどの図書館にあるのかという情報、それらに関するレファレンス情報や閲覧方法に関する情報なども共有化できないものでしょうか。OPACなどのシステム整備が進む昨今において、それは取り組みやすい図書館間連携のかたちではないでしょうか。都市部においては高額な専門書などを配置する図書館も多いと思いますが、地方では、そのような本そのものの存在が貴重であり、それを多くの人々にとって活用しやすい状態にすることが、その地方の知的水準の向上に繋がるのではないかと思います。

 もう一つ、昨今多くの大学図書館でラーニングコモンズを設置し、学生などのアクティブラーニングを促進する動きが加速しています。コモンズの利用方法は様々だと思いますが、多くは学生と教員、学生相互による小規模授業やゼミなど、学内者による学習の場として活用されているのではないでしょうか。
 しかし、折角の会話ができる図書館内スペース、学内者だけの活用ではもったいないようにも思います。最近大学の地域連携の一環として、学外者の利用を認める大学図書館も増えています。学外利用者には、資料の閲覧などだけではなく、コモンズを活用した地域連携イベント参加などを呼びかけることもできるのではないでしょうか。

 大学図書館が学内の学生教職員のためのものであることはいうまでもありません。しかし図書館間の連携や地域の人々との連携などにより、地域の知的水準の維持向上のために一定の役割を果たすことも今後の課題ではないかと考えます。

 (静岡大学附属図書館長 教授 専門分野 : 日本美術史・博物館学)

(巻頭言) 図書館と「蒹葭堂のサロン」

 新しく静岡大学のメンバーとなられました皆さん、おめでとうございます。そして日頃から附属図書館をご利用いただいている皆さん、これからもよろしくお願いします。

 江戸時代中期の大坂に木村蒹葭堂という人がいました。坪井屋吉右衛門と称した造り酒屋の主人でしたが、学問や文芸に優れ、その広汎な知的好奇心を満たすために膨大な書籍、書画骨董、動植物標本などのコレクションを形成し、それを研究するという人生を送った人です。鎖国の時代であったにもかかわらず、そのコレクションには、長崎出島を通じてオランダや清などから輸入された書物、美術品、標本なども多数含まれていました。「蒹葭堂」というのは彼の号であるとともに、彼の書物や資料などを収蔵、研究するための書斎、現在の言葉に直せば研究室の名でもあります。

 さらに蒹葭堂が偉かったのは、それらのコレクションや研究によって得た知識を自らの独占物にするのではなく、コレクションに興味を持ってその居を訪れる友人、知人、その他の知識人たちに閲覧を許し、同時にそれら訪問客と様々な知識の交換を行うことで、幅広い知の交友関係を構築したことです。その交友は、大名、幕府・諸藩の武士、商人、学者、画家などの文化人と身分、階層を超えたものでした。このような彼の活動は「蒹葭堂図書館」、「蒹葭堂博物館」などとも称されますが、文芸評論家の故中村真一郎氏は知識人、文化人の交友の場としての「サロン」と形容しました(中村真一郎『木村蒹葭堂のサロン』)。このサロンでは、豊富な書物、資料を囲んで、賑やかな知の交換、友情の交歓が行われたことでしょう。

 さて皆さんは、大学図書館にどのようなイメージをお持ちでしょうか。様々な専門的な本や資料を静かに閲覧し、利用者一人一人が自らの興味関心に応じて学習する場という人が多いのではないでしょうか。しかし今そのような大学図書館のイメージが変わりつつあります。

 蒹葭堂のサロンのように、館内にある豊富な資料を手許に、学生・教員等が自主的にグループ学習し、会話や相談をすることができるスペースを設置する大学図書館が増えているのです。このようなスペースのことをラーニングコモンズといい、附属図書館静岡本館では5階のハーベストルームがそれに当たります。また玄関を入ったところにあるギャラリーは、教員や学生の皆さんが研究の成果や制作物を展示することができるスペースで、展示解説などのイベントを実施していただけます。

 一方、浜松分館は今秋のリニューアル・オープンを目指して現在改築工事を進めています。工事中騒音等でご迷惑をおかけしますが、何卒ご容赦くださいますようお願いします。
 新しい浜松分館は、現在の分館の約1.5倍の延床面積になります。2階にはグループワークエリアを中心に、多文化交流、大学院生用のエリアなどの広いラーニングコモンズのスペースを設置予定です。また静岡本館同様、玄関付近にはギャラリーが設置されます。

 もちろん両館とも、個々の利用者が静粛な環境で学習できるスペースも十分に確保されています。

 近年図書館が取り扱う資料は、本や雑誌に加え電子書籍や電子ジャーナル、データベースなどが大きな領域を占めるようになってきました。附属図書館も多様な資料を豊富に備え皆さん方に提供できるよう努力するとともに、資料の提供やラーニングコモンズの利用などに関しては、図書館員が積極的に相談に応じ、アナウンスに努めてまいります。

 ただ、本学の図書館が蒹葭堂のサロンのようになるためには、皆さん方のご利用があってのことです。積極的に図書館にお立ち寄りください。

(巻頭言)「大学図書館の大規模自然災害対策」
「静岡県大学図書館協議会会報」No.15 (2013. 4)

 一昨年の東日本大震災発生直後、本誌第13号に「3.11 それぞれの役割と連携」と題する加藤憲二先生の巻頭言が掲載されました。大震災という悲劇的な出来事に際し、大学図書館に関係する人々がそれぞれの役割を果たす中で、被災地、被災者にいかなる連携ができるかということに関し、自省と模索を提言するものでした。この提言、皆さん方はどのように受け止められたでしょうか?

 その後2年が経ちました。東北の被災地の復興が遅々として進まないというニュースに接することが多い中、被災地の大学図書館に関しては、『大学図書館研究』第94号の小特集「東日本大震災と大学図書館」などにおいて、被災や復興の状況に関して、詳細な報告が行われています。大学図書館に関係する多くの人々の連携と尽力が、被災地の大学図書館の復興を支えるとともに、被災地の人々への図書提供サービスや、地域の被災状況のアーカイブ化などにも力を発揮する大学図書館の役割の重要性について、認識を新たにさせます。

 さて、阪神淡路大震災発生の遙か前から、東海地震の発生による被災の可能性が指摘されている静岡県の大学図書館は、被災時の対応シミュレーションが十分に行われているでしょうか。静岡県大学図書館協議会は、阪神淡路大震災・東日本大震災などの教訓から、県内で地震や津波などの大規模自然災害が発生した場合の対応策を、加盟各館の間で共有し、また、県内・県外の大学図書館等との連携、相互支援の協定などを、あらかじめ準備しておくべきではないでしょうか?

 少なくとも、地震発生時の書架の転倒や図書の書棚の飛び出しから、利用者、図書館員の人命をどのように守るか、地震発生時に館内にいる人々をどのように避難誘導するか、館蔵図書に貴重書・貴重資料などがある場合、それらの損傷をどのように防ぐか、さらに被災後、人海戦術が必要な書架などの立て直しや飛び出した本の再配架、損傷した図書の修復などをどのように実施するか、その知識を共有し、連携方法を確認しておくべきでしょう。また、大学関係者のみならず被災地の多くの人々の心の傷を、読書が癒す効果も数多く報告されています。大学図書館のみならず、公立・私立の図書館もその役割を担うことになるでしょうが、これらのサービスへの対応も、想定しておく必要があるのではないでしょうか?

 もう一つ、図書館関係者の皆さんにお願いできればと思うことがあります。東日本大震災後もそうですが、近年、大規模自然災害が発生した後、被災地に所在する文化財のレスキュー、応急修理などを官民協力の態勢で実施することが一般的になりました。静岡県でも昨年、「静岡県文化財等救済ネットワーク」が結成され、ボランティアとしてその活動を支援する静岡県文化財等救済支援員の募集を始めています。紙資料の取り扱いに習熟している図書館関係者の方々にも、この活動にご協力いただければと思います(お問い合わせは、静岡県教育委員会文化財保護課054-221-2554まで)。

(静岡大学附属図書館長 教授 専門分野は日本美術史・博物館学)

(巻頭言)「利用する図書館から、参加する図書館へ」

 新たに静岡大学のメンバーに入られた皆さん、おめでとうございます。また、日頃から静岡大学附属図書館をご利用いただいている皆さん、これからもよろしくお願いします。

 近年の情報通信技術の急速な普及により、従来の本や雑誌などの内容は、パソコンや携帯電話、スマートフォン、電子書籍専用の端末などで閲覧することが多くなりました。大学においては、理工系を中心とした分野で、研究論文は電子ジャーナル、各種研究情報はデジタル・データベースなどでやりとりされることが一般化しつつあります。附属図書館は、これら電子化資料の学内における運用管理を手掛けており、その利用は図書館内だけではなく、大学内の各所からでも可能になっています。また、一部の電子資料は学外からもアクセスできます。

 それでは、本や雑誌を閲覧する場としての図書館の機能は、もう不要でしょうか?いいえ、決してそんなことはありません。印刷物のみの形で発表される本や雑誌は、現在も非常に多いですし、過去に出版された図書の中で電子資料化が実行されているものは、決して多くはありません。さまざまな情報を集めて研究や学習を進めていくためには、従来型の図書と、各種電子資料をともに利用していくことが不可欠です。附属図書館は、静岡大学で学び、研究する人々に対して、印刷物の図書と電子資料などの各種媒体のベスト・ミックスにより、教育・研究のための知的情報を提供していきます。

 さて、図書館というと、「静かにしなければならない場所」というイメージをお持ちではないでしょうか?もちろん、本を読む人、自習する人などに迷惑をかけないように、また自らにもそんな迷惑がかからないように、図書館においては、静粛が重要なマナーであることは当然です。しかし、このような図書館のイメージは、「図書館は堅苦しいな」、「敷居が高いな」という感覚を多くの人に抱かせるのではないでしょうか?

 附属図書館静岡本館には、ハーベスト・ルームというスペースがあります。この部屋では、図書館の豊富な資料を手許に、グループ学習や少人数の演習授業などを行うことができます。もちろん大声はだめですが、自由に利用者同士が会話することも可能です。同様のスペースは、一昨年度の改装で、浜松分館にも設置されました。せっかく図書館で入手した知的な情報、それをタネにさまざまな人々と意見を交わしていただければと思います。同時に、図書館が、静岡大学のメンバーにとっての出会いと交流の場であることを目指したものでもあります。もちろん、静かに本を閲覧したい、自習したい人たちのためのスペースとして、閲覧室のほか、個室ブースなども用意しています。図書館利用の内容や方法に応じて、図書館のさまざまな機能を使い分けてみて下さい。図書館員(ライブラリアン)は、所蔵する図書や各種資料のことだけではなく、図書館のさまざまな機能についても、相談に応じ、アドバイスをしてくれます。

 また、静岡本館の玄関向かって左手には、ギャラリー・スペースがあります。学生や教職員の研究成果や、美術作品などの発表の場として使用されています。さまざまな展示活動をとおして、静岡大学のメンバーが交流する場となればと考えています。興味のある企画展があれば、是非のぞいてみて下さい。また、展示のご希望があれば、図書館に申し込んでください。ここであげた例はごく一部ですが、附属図書館は、単に図書を閲覧したり、自習するという場所から、人々の知的な出会い、知的な交流の場へという脱皮を目指しています。さまざまな知的情報をタネに、人々が質問し答える、論議する、思考を交換するなどというコミュニケーションがあって、はじめて知の深化が生まれるのではないでしょうか。

 ただ、図書館におけるコミュニケーションは、そのための場や機能があるだけでは成立しません。その場や機能を利用する人がいなければ成立しないのです。したがって、この場や機能の利用を、多くの静岡大学メンバーの皆さんにぜひお願いしたいと思います。

 あわせて、皆さんにお願いがあります。ここで紹介した図書館の知的情報提供機能や、コミュニケーション機能などの進化のためには、図書館を利用する人々の参加と協力が必要です。附属図書館では、学生の皆さんから図書館で購入してほしい本のリクエストを受け付ける機会を設けています。また、図書館の改善に関する問題提起やご意見なども、ライブラリアンの方々に是非お伝えください。投書、口頭など形式は問いません。皆さん方のご意見が、図書館の改善に役立つのです。

 もう一つ、附属図書館には学生モニターという制度があります。学生の皆さんの中で、本や図書館が好き、関心があるなどという方々に参加してもらい、図書館の選書や運営に関して、ライブラリアンの方々と意見を交換していただく他、図書館運営のサポートや読書にまつわるさまざまな行事の運営なども行ってもらっています。たとえば、街の書店で図書館が購入する本を選定する選書ツアー、夏期における図書館のグリーン・カーテン設置、大学祭(静大フェスタ)などでの展示、好きな本を5 分間で紹介して、投票でその書評の優劣を競うビブリオ・バトルへの参加などの活動に、熱心に取り組んでもらっています。静岡本館・浜松分館それぞれに学生モニターが組織されていますので、両キャンパスの多くの皆さんの参加をお待ちしています。

 最後になりますが、浜松分館では、今年度、大規模な改築が予定されています。この工事によって、浜松分館は、面積、蔵書数とも大幅な拡大が見込まれ、あわせてギャラリーの設置や会話可能スペースの拡大など、人々の出会いと交流の機能も充実します。

 工事中ご迷惑をおかけしますが、来年完成予定の浜松分館(Students’ PORT)にご期待下さい。